夏服を買ってもらえ!

 暑い、連日うだるような暑さ。この暑さはまだ始まったばかりなんだろう、嫌になってくる。夕方になり外でゴロゴロと雷が鳴り始めた、雨が来るな、雨はこの暑さを少しは和らげてくれるのだろうか、いや期待できないな。先週の連休もあまりの暑さに八ヶ岳連峰の山に逃げたが、下界がこれだけ暑いと2000やそこら登ったところで暑いもんは暑いし、夏山は羽虫がブンブンと五月蠅い。追い打ちをかけるように新しい彼女は小石を食らったぐらいで入院してしまった。金のかかる女だ。いろんな意味でうっとおしい思いが充満していて、今にも夕立が来そうなじめっとした暑さの中、私はじんわりと汗をかきながら、不意に暑くなる前に冬服を着たままで私と別れた前の彼女のことを思い出していた。

 昨年の冬になる前、分かれ話を切り出した私に、冬服を買ってくれ、もう半年、夏が来るまで頑張るからと言った。そして私は彼女のための冬服を買い、彼女が来ていた夏服を捨てた。それから色んな山に連れて行った、いや、連れて行ってもらった。大峰山系に6回、大山に3回、剣山に2回、石鎚山、伊吹山、鹿児島までしか一緒に行けなかった屋久島の宮之浦岳、恵那山に2回、木曽駒ケ岳、立山、ブログにも書いた富士山、そして日が暮れても歩く羽目になった白山。いよいよ終わりがやってきたとき、私は迷わず空木岳を選んだ。恵那山周回12時間コースをやった翌日木曽駒ケ岳に登って、その翌日ピストン日帰りで登る予定だったが、2日の山行でボロボロになっている足と残雪の空木岳の山行時間と登山口までの悪路を考慮し一度は断念した空木岳。この山が彼女の最期にふさわしい、と思った。
 週末に大阪オフィスで来客の会議を終えた後、夕方駒ケ根インターに向けて出発した。駒ケ根インターに着いたのは夜中だった。真っ暗の中、悪路で有名な空木岳の登山口、林道終点(私が行った翌週、この林道は通行止めになった)に向かった。舗装もされておらずガタガタの細い道は、岩や木がごろごろ落ちている、途中で太い木を踏んで彼女が大きく跳ねた。大丈夫か、服は破れなかったか、少し心配したが大丈夫のようだった。酒を飲んで(なんの酒だったかもう忘れてしまったが二日酔いになるぐらい飲んだみたいだ)仮眠を取り、朝の5時半過ぎに彼女をおいて山行を開始した。
 歩き出しの体調は最悪、山頂まで6時間超えのロングコースに耐えられるかというスタートだったが、登るにつれ調子は上向いてきた。歩きながら、この半年ちょっとのことを思い出し振りかえっていた。喉元から熱いものがぐいっと込み上がって来て、眼窩を押して目尻にそれが伝わってくる。最期の別れの時に弱音を吐くわけにはいかない、これで本当に最期なんだ、そんな思いが胸を締め付ける。そうして前に進んだ。空木平避難小屋の手前の分岐で視界が開け、避難小屋を通らない道を残雪を踏んでしばらく歩くとすぐに巨大な駒石群が見え始る。その駒石群を抜け駒峰ヒュッテという小屋まで来ると正面に山頂が顔を出していた。山頂を視界にとらえた私は、足の疲労を無視し小屋で休憩も取らずに、千畳敷の残雪を横目に一気に山頂まで登った。息を切らしながら登り詰めた山頂からの景色は最高だった。しばらく座ってずっと遠く木曽駒ケ岳の方を見ていた。霧がかかっては抜ける、霧がかかっては抜けるを繰り返す木曽駒ケ岳方面に続く道に魅了された。早めの昼食を取り一服して名残惜しく立ち上がった時、傍に座っていた単独行の女性が、最高ですね、ずっと降りたくない感じ、楽しみにしてたんです、と私に向かって言った。そうですね、また来ればいい、山は逃げない、山に選ばれたら降りてもついてくるから、私は笑った。自分にそう言い聞かせていた。

 下りは視界が林にさえぎられるまで飛ばさず彼女との最期を噛みしめるように歩いた。彼女を登山口にフェリーターミナルにバスターミナルに置きながらいつも山では一緒に歩いていた。彼女がいたから山に登れる。山の中でも彼女はいつもすぐそばにいた。
 登山口まで降りると彼女は笑顔で出迎えてくれた。顔を洗いタオルで顔をふきシャツを替えると、最後に彼女の記念撮影をした。さあ、帰るか、キーを回しながら言った私の言葉に彼女が答えてくれるみたいにブオンと唸った。

 あの時、まだ彼女は冬服のままだった。ちゃんと夏服を買ってもらえよ、そう私はつぶやいた。