にんにく、ごろごろステーキ

暑い、何だろう、この暑さは。年々夏になると感じる、このしんどさ。
こういう時は、食べるに限る。精力をつけなければ、この夏を越えられない。

ウナギは高いなー、ということでステーキハウスに行った。やっぱ、赤身かーそう思いながらメニューを見ていると、おっ、にんにく、ごろごろ、おーこの語感、なんという心地の良い語感なんだ。人は、こいういう言葉に弱い。私も一緒だ。たぶん、それ見た瞬間、脳の報酬系がワクワクしている。注文を取りに来たウェイトレスに、にんにくゴロゴロステーキ下さいというと、申し訳なさそうに、品切れなんです、と言われた。え、時間は、日曜日の11時半、にんにくがないスケーキ屋なんかあんのか、信じられない・・・私の思考は停止した。停止して赤身に戻るしかなかった。しばらく、呆然としていると、私の1席離れた家族連れのお父さんが私と同じ目に合っていた、そして、ぶつぶつ文句を言っていた、ステーキ屋なのに・・・何で信じられない・・・そうだよ、その気持ちわかるよぉ。

やはり、ガツンと来るものが食べたい、あっさりしたもんなんか食ってられるか、と思いつつ、血圧を測っている。悪玉コレストロールも問題らしいが。お医者様の顔が思い浮かぶ、塩分控えて、適度な運動して、酒も煙草もできればやめなさい、そーだよな、そーだよな、でもどれも無理かも。適度な運動はしようと思った。でも、それするのにがっつり食べないとダメだろ、体力つけないとねー、血圧上がりそうだけど、いーだろ。
最近、サボることも多いが血圧を測っている。私の血圧は、上が170mmHG、下が120mmHG、大げさではなくそんなもんだ。ちょっとまずいらしい。
哺乳類の血圧はだいたい同じで、平均100mmHGだという。ただ、有名な奴で倍の200mmHGある動物がいる。わかるよね、キリンさんです。首長いもん。心臓から脳に血液を上げるためにはそれぐらいのポンプ力がいるということか。だけど、お辞儀して首を垂れるときにはちゃんとそれを止めるための仕組みも生まれつき持っている。脳の毛細血管が破裂しちゃうと困るからね。とりあえず、私は、少なくとも、キリン並みではなさそうだ。上は大して変わらないけど。

ご飯食べると急に血圧は下がる。眠くなる。胃が活動するから。私も、その時ばかりは、正常値に戻る。眠いから頭は回らなくなる。だけど、血圧は下がる。医者はご飯食べると正確に測れないというが、あらゆる条件を除外したデフォルト値を決めて、汎用的に比較分析したいだけだ。何の1on1にもなっていない。サービス悪いね。私の血管の太さとか耐久性とか調べろよ。もしかすると、血圧高い奴は、頭使うのに燃費悪いから、それを防ぐためのセーフティー機能とかあるかもしれないじゃん。でも、きっと、言われるだろうね、そんなもの人間にはないです、って。こんな屁理屈をまともに信じないでね。血圧が高い人はちゃんと受診しましょうね。

ま、とりあえず、頭使ってるんだよ、燃費が悪いんだよ、という言いわけをしながら、私は自分の日常を変えない。たぶん、馬鹿だ。何の利得もない。いや、正確にいうと、利得があるからそうしてるんだろう。たぶん、気分がいいといいことだ。報酬系の部位ががんがん光っているに違いない、きっとそうだ。

やっぱり、夏は、雷ゴロゴロじゃなくて、にんにくごろごろステーキだよね。
精力つけて冬の倍の仕事をこなそう!
長生きの神様もきっとアホが好きだろうなって思うよ。

お母さん、カラオケ、行こうや

 齋藤さんに聞いた話。

 彼女が休日に陶芸教室に行こうと難波で歩いていると「お母さん、カラオケ、行こうや」と幼児の声が耳に入って来たそうだ。後を振り向くとベビーカーを押すヤンママが。そして、そこには赤ちゃんに毛が生えたような幼児が。いくつぐらいだと思う?そう斎藤さんに聞かれたが、ベビーカー乗っているのだったら、せいぜい2歳ぐらいか。まぁ、確かに3歳ぐらいになればしっかり喋るが。ベビーカーには乗ってないだろ。
 言葉というのは恐ろしい。お母さん、カラオケ、行こうや。名詞句が2つ続いて動詞句が最後にくる、しっかりとした文法で幼児とは思えないような提案を母親にしている。何という提案力だろう。サバイバルにいる子供の言語能力は逞しさと恐ろしさ、いや、奇跡さえ兼ね備えている。

復活。グッバイしたところなのに。未来の軸が変わった気がする。グッド・バイと言った日と明らかに違う未来が見えて来た。ちょっとしたことで未来は変わる。

 金曜日に胡さんを見送った。

 胡さんがすぐに中国に帰るのを知らずに図書カードを送った。使えねぇじゃん。そう思って図書カードの包みを破って中身を現金に差し替えた。粗雑な私の行動に胡さんは困ったような少しうれしいような複雑な表情を浮かべていた。何でもいい、もっと本を読んでほしいだけだ、答えの載っていないやつ。
 ブシ、どっかで読んでるか、おまえの弟子は卒業したよ、今日・・・
 
 数人で最後の飲み会をした。2件目。お姉さんではなく、歌を選んだ。昔、長崎で胡さんとタクシーに乗っているとき、雨が降っていて、長崎はー今日も雨―だぁった♪みたいなことを言ってるとき、ボク、その歌好きなんですよー、って言い始めて、えー。なんか、こんな若い中国からやって来た人がねって印象に残ってて、いつかカラオケでもと思いながら、行ったことがなかった。で、カラオケを選択した。お姉さんはいるけど安くて、全国で一位になるとシャンパン出してくれる店。何度か一緒にいった人たちが一位を出してシャンパン飲んでるけど、まぁシャンパン自体は安もんでまずい(お店の人ゴメンね)。ただ、一位でシャンパン出たら盛り上がるじゃん。私は母数の少なそうなとこ狙ってみたけど一位を出したことなかった。何で、私と行く人、簡単に出しちゃううんだろ、って不思議に思ってた。
 やっぱ、胡さんだよねとトップで歌った彼は、驚くほどの歌唱力だった。職業間違えたんじゃないかって、惚れて聞き入ったわ。今までカラオケ行って聞いた人の中で一番だわ、間違いなく。驚いた。次に桂さんが英語の歌うたって、狙い通りと一位出した。2連発。信じられん、でも、ここまでは何となくありかなと。西尾さん、俺も出してやる、とすごい燃えていてマジで出しちゃった、一位。3連発。何これ、ありえないだろー。その後、私の番だった。川口さん、西尾さん、にやりと笑って次も行きますよーって。ありえないだろ。むちゃ、嫌だった、歌うの。思いっきり開き直って、取りに行くのやめた。そんなの関係ねーって。だって、私の歌、原曲のリズムも音程もほとんど無視だもん、いつも。

 でも、奇跡ってあるんだねー、出ちゃったよ・・・全国一位4連発。その後、川口さん、よく歌った、おしかった、掠ったよね。でも、すごいって思って。めちゃ、楽しかった。

 これが胡さんが最後に残してくれた奇跡の話だ。

karaoken1

 私はその後タクシー乗って奈良まで帰ってもう一軒行って、上機嫌で飲んで雨が土砂降りでタクシー無くて、どーしようと思っていると、送りますよって声かけてくれて自宅まで送ってくれた知り合いの飲み屋のマスターに本とか読むって言いながら図書カードあげた。読みますよっ、って満面の笑顔で嬉しそうにその図書カードもらってくれた。それがその日のもう一つのよかった・・・浮いた図書カードがきれいな心の人に渡って良かった。

 私はもうここで書かないと言ったし、でも、この先のことなんか誰にも分からない。そう、明らかに潮目が変わった気がした。未来が少し変化した気がした。もう、変わろうとしている何かが手の届くところまで来ている気がした。

 お母さん、カラオケ行こうや。

クラッシュ&ビルド

ある小説の一部(名前修正あり)を少し読んでほしい

 A(女性)は微かな寝息を起てていた。Aの寝息なんて聞くのは何カ月ぶりのことだろう、そんなふうに思いながら僕は山麓から真っすぐに伸びている道路を見た。なだらかな坂だった。僕はその坂のことをよく知っていた。この街に住んでいるものなら誰でも知っていた。その坂を夢が転がって行ったのを私を見た、とAのノートにあった。僕はそれを盗み見た。中絶をして失意のまま死んだ友人の墓をAは毎年、参っていた。僕と知り合ってから二度参っていた。夢が転がったのはあの坂のことだろうと僕は思った。その坂は今光を浴びて白っぽい灰色の輝きを見せている。どこまでも緩やかに続いている他よりひときわ太い坂は輝きながら海へ向かっている。その途中に濡れたペニスの先のように揺れて見える巨大なタワーや近代的な彩りのビルディングが立ち並んでいて、海へ向かう道路を阿修羅の手のように取り囲んでいた。坂を転がる夢は少しづつ海へ向かい、やがて飲み込まれてしまうだろうと思うと妙に悲しかった。

ある男が彼女の寝顔を見ながらぼんやりと思い浮かんだ状況をつぶさに記述している。心の中に往来する自分にとってはすっきりとしている情景、ただ、他人から見ると随分入り組んだ情景。この背景を想像するといろんなコンテキストが浮かんでくる。その背景のコンテキストは現体験者である「僕」にしかわからない。だから、小説家は読み手に伝わるように、また、読み手にある程度の想像力を駆使してコンテキストを推定できるような部分を残しつつ書く。後半部分が重要で、前半だけだと杓子定規な文章が出来上がってしまう。分かり易く伝えることと想像してもらえるような言葉足らずの部分を残すというトレードオフが常に存在している。論理的なもの、XならYでしょ、という直線的な推論を人は嫌う。にも、関わらず、そういった仕事の仕方をする。私にはそれが不思議でならない。XならYでしょ、となっていなければ評価ができないというのであれば、仕事に人は要らない。

今夜は満月だって 僕は言ったのに
うっすら流れる もこもこした雲のじゅうたん、
から、丸い顔をのぞかせていた、
かわいいやつ、と思って目を凝らして見つけたのは
暗闇の中にぼんやり浮かぶ電信柱にはりついた頼りない灯り
それが揺れるたびに薄い灰色のもこもこ雲のじゅうたんが動く
あっ、あ、あー
まん丸顔にぴしゅーって
何かかけたの?今の香水?
ちがうよねーもわもわって
ゆっくり顔中に煙みたいにひろがって。
血色悪いじゃん、
チーク塗らなきゃ・・・

私の脳裏にクラッシュ&ビルドだよ、とM氏が語りかけてきた。トライ&エラーなんて甘すぎる、クラッシュ&ビルドだよねー

はい、って私は頷いた。何故って?そう思うから、だいたい、終わりはこんなもんだ。

振り返ると、最初のブログから4年以上の月日が流れ・・・多くの人がここに来て、去っていった。私と接して去った、ちゃんと言葉を残せないまま去った人もたくさんいる。何人いたんだろう、数えたくなってやめた。そんなことはどうだっていい。ただ、最初に何かが起こったことと、今何かが終わろうとしていることだけは事実だ。今の心境・・・強がりとかではなく、悲しいとか、寂しいとかは思わない。それは、多分、ここに関わっていた多くの人が悲しいとか思わないことを代替して私が感じている。だからこそ終わるのだと思う。恋や男と女の戯言も、人間の情熱の賞味期限は3-4年なのかも知れないな、って。不真面目だ、不謹慎だと思う必要なんかない、そういった役割はいつか終わる、それが今来ただけだ。この枠組の発信から書くことをやめるだけで、書くこと自体はやめられない、けどね。

私は大きな声に出して言ってみた。

クラッシュ、アンド、ビルドだよ!

そうだった、壊す前にお礼言わなきゃ。
ありがとう。
クラッシュするけど、次のビルドもあるからね。
「時代を語るな、想像力を語れ」
頭が右に回ろうが左に回ろうがそんなことは知らない。
どっち向きにでも動いたらいいじゃん、コンテキストによるでしょ。
右が早いか左が早いか、考える前に動けよ。
目の前にあなたが集めた武器がいっぱいある。
次の武器を取るんだよ、丸腰じゃやられるよ。
その時、杓子定規に武器を取らないようにね。
すっと、自分の感覚のままにナチュラルに。

これで 本当にグッド・バイ

少なくとも、わたしはね※

※もしかすると、将来的には、複数のいろんな選択肢が開けていて、誰かが推すことで他者と共存できる素敵な空間が開ける可能性があるのです。そういうことを私は期待しています。誰かが変われば何かが変わると信じています。