心の遺伝子

新しい鼓動が聞こえる。

心臓の音か、もしかすると心の音か。

今までに聞いたことがない、新しい鼓動だ。

我々はそれをソシエタス(Societas)と呼ぶことにした。最近の動きを見ていると、Googleは凄いスピードでいろんな情報を外側から囲い込み始めており、もしかすると、世界のコピーを作ろうとしているのかも知れない、と思うこともある。しかし、我々のアプローチの順序は全く逆だ。ヒトのコピーを作るために、まず心を生成することから始める。心があってはじめてヒトは動く、と少なくとも私はそう信じている。そして、脳を経由して、目、耳、口、身体へと伝搬される。あるいは、目、耳、口、身体から得た情報を脳経由で受け入れる。時には心地よく、喜びを感じ、時には不愉快で、腹が立つ。なぜなのだろう。謎だらけだ。

大抵、ヒトの心はきまぐれだ。一人として同じ人間はいない。そして、同じ人間でも常に同じ行動はとらない。しかし、きまぐれに見える行動にも一定のルールがあるに違いない。

我々が立てた仮説は、ヒトは、心の遺伝子を持っている、と言うものだ。ヒトが手にする世間の情報はとても膨大だ。その膨大な情報の多くは、そもそもヒトによってばら撒かれている。ヒトはそれを吸収し、心の中で消化する。吸収し、消化すると言うことは、他のヒトからの外部情報のコピーが心の形成要因になっていると言うことだ。情報伝達の単位が心の遺伝子と言うことになるのだろうか。この単位はおそらく民族や生活習慣などによっても大きく違いそうだが、我々は、まず日本人から始めた。日本人の行動パターンや性格などに関する多くの調査データを入手しては解析し、心の伝達単位である約100種類の遺伝子を規定した。その遺伝子の組み合わせのパターンをソシエタスと呼ぶことにした。すなわち、ソシエタス(Societas)はヒトの心の類型なのである。

馬場さんが中心になってグループの立ち上げ前から行ってきた研究が静かに形になりつつある。ソシエタス(Societas)は、間違いなくこの先の研究開発の核になるだろう。

ただ、この心の類型をどんな目的で、どのように使っていくのか、他の民族の心の類型をどうやって入手するのか・・・課題は山積みだ。挑戦はこれから始まる。

しかし、私の耳には確かに新しい鼓動が聞こえている。手には確かな手ごたえも伝わってくる。目には深い霧の中で見えなかったものが徐々に映りはじめている。霧は深くて、まだすっきり晴れそうにないが、我々は、間違いなく、しっかりとした足取りで前に進んでいる。

竹光

目の前に一冊の本がある。折り込まれたページから、どこの小料理屋だかわからない箸袋に「御笑覧」と書かれた紙切れが出てきた。紙切れは、黄ばみが酷く傷んで痛々しい。25年前、無名の詩人に貰った本だ。詩人は、酒の席で書いた私の詩を見て言った。「これ、頂くよ」彼は当時52歳だった。詩人は私の憧れだった。知りはしないが、小林多喜二の追悼会を仕切った頃の詩人には、エネルギーがみなぎっていたに違いない、と。詩人が言う彼が当時発した詩らしきもの、政治の季節のアジテーション、自身でそう揶揄するものを含めて全てが好きだった。

「ご老人方は批判するだろうがね、君の詩には、簡単に真似のできない一定の音律があるんだ。わかるかい?」彼の言葉の意味が私には解らなかった。「竹光だよ」そう言って、あるページを指差しながら、彼は私にその本を渡した。そして、その瞬間から、私の記憶は薄れて、ほぼ記憶がない状態になっていた、本を開いた今の今までは。

本を開いた瞬間、そのページに紙切れが差し込まれたまま、25年もの間、ダンボール箱の中で静かに眠っていた言葉が蘇って来た。

たんぽぽや

おおばこを摘む

餓えた人影が

かすかに揺れ動くと

驚いて荒地を突っ走る野鼠

狂気のようにあとを追っていく鼬

好物の野鼠を狙っているのか

鷹が一羽

心なしか湿っている空気を切って

静かに旋回している

“「竹光」てん末記”と言うタイトルの詩は、確かに美しい韻律で始まっていた。現代詩の形式はそこで終わりだ、その後に史実に基づいた物語が始まる。

江戸時代の安政年間、「音七」と言う男がいた。彼はそもそも百姓だ。ただ、土地を持たず、金持ちの下男として生まれたことが史実に残る悲劇を生む。彼は、人の心を惑わすような美形だった。彼が、容姿以外に初めて手に入れた力、それが立派な脇差だった。しかし、その中身は、竹光だったのである。

それでも、音七は出奔し、忍びの役人と偽って、随所に出没する。容姿端麗で、男女問わず惑わす堂々とした姿に、疑うものはなかったという。「おのれの影さえもが遠慮がちにのびている他人さまの土地で」というのが、その時の音七の身分であった。「悪を切るときには、竹光とて白刃となり」という噂が立つほど、無法者の曲がった正義に、人々は痛快さを覚え酔いしいれたが、奉行を威嚇し、脇差の紐を解いたところでお縄になった。最期に及んで「松風」を歌い、泰然として処刑された。まるで能舞台のような妖艶な姿に多くの人々が集まって泣いたとのことだ。

傷はしやその身ハ土中に埋もれども、名ハ残る世のしるしとして、変わらぬ色の松一本(まつひととき)、緑の秋を残す事乃哀れさよ

恋草乃 露も思いも乱れつつ、露も思ひも乱れつ・・・神の助けも波の上あわれに消えし、憂身なり

夜も開けて村雨と聞きしも今朝見れば、松風ばかりや、残るらん、松風ばかりや残るらん・・・

音七は、唄を最後まで読めたのだろうか。首が飛び・・・ドラマは終わる。

あのとき確か、詩人は、私にもう一度繰り返したと思う。「竹光なんだよ。誰も才能なんか持っていない。そう見えるのは自分が努力していないからなんだよ。自分にできない努力をする人のことを人は天才と言う。自分がやりたいことをやってくれる人を見て痛快に思う。私にも君にも才能なんか無いんだよ。私が欲しい君の詩は、君の汗なんだ。たぶん、音律はそこから来る。だから好きなんだよ」彼の言葉が脳の奥の方のからきりきりした痛みを伴って、それでもやんわりと蘇って来た。

なぜ、「竹光」だったのか、ようやく分かった気がした。

・・・・

さしずめ、私が想像する「竹光」の物語は、こんな書き出しで始まる。

腕を振ると風が鳴った

朝の陽の光を浴びて振り返り

振り返った先には何があるのだろうか。おそらく、誰も通ったことがない道なき道に違いない・・・

私は、「御笑覧」と書かれた紙切れをゴミ箱に捨てた。

気が付けば、私も詩人に近い年齢になってきた。

ということは、この難しいニュアンスを誰かに託さなければいけないということか。

これは、なぞなぞだな、まるで。

経験主義と合理主義

言語学者を一人クビにするたびに、システムの性能が向上して行く、と言う有名な言葉がある。統計的アプローチが言語処理の世界を席巻し始めた頃、目の前で起こった現実であった。

研究開発グループのブログを始めることになった時、本当は最初の投稿をこのタイトルで書くつもりだった。随分前からタイトルだけは決まっていたのに書かかったのは、何かすっきりしない、もやもやしたものが自分の中にあって、要するに書けなかったのである。これを私が論じるには、このテーマは重過ぎると感じていた。近いうちにいつか書かなければ、と思いつつ、それとなく、いや中途半端な形ではあるが、グループの何人かに思いは伝えようとしていた。そうこうしているうちに、5月号の人工知能学会誌が自然言語処理研究の将来を表題のテーマで語る「ポスト経験主義の言語処理」と言う特集を組んだ。自然言語処理研究ではトップレベルの研究者である7名がそれぞれの考えで過去、現在、将来について述べていた。特に、辻井氏の寄稿は特筆すべき素晴らしいものだった。合理主義と経験主義を2項対立で単純にとらえることはできないが、とした上で、言語処理の課題に関して、様々な角度から両主義を映し出し、最後に、語りきれなかった事象について、アイデアの方向性を示唆してくれていた。機械が人間のコミュニケーションを獲得するためには、どちらの考え方も必要なのである。

前に書いたが、相場における話で、目の前の株価(データ)のみを信ぜよ、と言う言葉は、ただ単に経験主義的なアプローチを信ぜよ、と言う、データ至上主義から生まれた言葉ではない。経験的に得られたものか、合理的に得られたものかは知らないが、相場を仕掛けている以上、ファンダであれ、テクニカルであれ、合理性のある何らかの仮説をもっているはずだ。それが想定外の範囲で動いたと言うことは、あなたが信じたその仮説は崩れたのである。そのことを即座に理解し、目の前の現実を信じて行動しなければならない。ゆっくり理由付けをしている暇なんかない、と言う意味である。

私も過去に目の前で起こった現実を信じた。それが合理主義から経験主義への転換点であった。自然言語処理の世界において、統計・確率的なアプローチによる経験主義がもたらした利益は大きいと思う。高頻度の単純な現象に関する問題をさくさくと片付けた。しかしながら、そのアプローチは、難易度の高い問題、あるいは低頻度ではあるが重要度が高い問題を後回しにすると言う、不利益をもたらした。例えば、深い意味解析であるとか、知識獲得であるとか、対話理解であるとか・・・大量に処理できるデータを集めることが難しい、しかしながら重要な問題については、解決できていない。そういう意味では、我々は遠回りしながら、結局、本当の答え、コミュニケーションに関する答えをまだ誰も持っていないと言うこと、まだ誰も獲得できていないことに気付こうとしているのかも知れない。安直な道具主義に陥ることは極めて危険だ。真のコミュニケーションを獲得するためにも、等閑にして来た問題に立ち向かうべきだ。もう一度原点に立ち返り、合理主義から目を背けてはならない。

要するに、確率論だけでは、「愛とおもてなし」は伝達できないのである。