【精神分析の視座から】「喋るスマートフォンは『ヘンタイ』でなきゃ面白くない!」続編


先日は↓の記事で、

喋るスマートフォンは「ヘンタイ」でなきゃ面白くない!

情緒的なお喋りをするスマートフォンの新機能「emopa(エモパー)」byシャープの紹介を通して、より人間的に進化する人工知能とオタク文化、とりわけ「萌え」との高い親和性についてお話しました。
今回はその続編として、さらに精神分析の観点からオタクと「萌え」、そして人工知能が可能にする「バーチャル人間」との関係性を明らかにしたいと思います。

私はこれまで男女問わずオタクと呼ばれる人たちの研究をしてきましたが、彼らの中にバーチャルのモノへ切ない愛情を抱く人が多いことが判明しています。
いわゆる「ディープ」なオタクであればあるほど、その愛情も大きくなる傾向にあります。

日本では、オタクの人たちが愛好するバーチャルのモノは、よく「2次元」と呼ばれますよね。
しかし考えてみれば、この「2次元」は実に奇妙な言葉です。
「2次元」という概念が浸透するということは、3次元などその他の「次元」と峻別する人たち=日本人がいるということです。
海外の文脈では、バーチャルのモノを「2D」などと名指すことはほとんどありません。

考えてみましょう。小説も、映画も、ドラマも、大抵は虚構の話です。つまり「バーチャル」なのです。
しかし小説が好きになっても、ドラマの登場人物が好きになっても、「2次元萌え」などと言われることがありません。
そう、日本では「2次元」はもっぱらオタク文化に対して用いられる言葉なのです。

私のオタクをテーマとした比較文化研究では、「2次元」という言葉の使用に一定の恣意性があるものの、「2次元」と名指される日本のオタク文化がその構成員のセクシュアリティに大きく規定されることが分かりました。
つまり、オタクの人たちがそうでない人たちと比べると、独特とされるセクシュアリティを持っているため、「珍種」とみなされ「2次元」という言葉に括られてしまうのです。
「2次元」という言葉の使用の前提において、「2次元が3次元に劣る」という暗黙の了解すらあるのだと私は思います。

精神科医で、自称「オタクのオタク」の斎藤環氏は、そのようなオタクのセクシュアリティを、作品をさまざまな位相で見ることが出来る視点と解釈し、その視点を持つ故に虚構それ自体に性的対象を見出すことができる状況把握を「多重見当識」と名づけ、畸形性癖でも病気でもなく正常なものなのだと述べています(『戦闘美少女の精神分析』, 2006年)。

※「見当識」:自分の立場の理解のことを指す医学用語です。例えば現在の年月や時刻、自分がどこに居るかなど基本的な状況把握のことです。反対語は「失見当識」と言い、認知症に見られるような時間や方向感覚、物事の識別能力などが失われる状態です。

オタクは様々な虚構コンテクストの間を自在にジャンプし、多数の違う立場へとやすやすと入れ替わることができると斎藤氏は論じます。私もおおむね賛成です。
ちなみに私は斎藤氏と一緒に食事したり、ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展の「おたく展」への出展に際して協力したりして一時期親しくしていましたが、彼は「人間ってのは、精神病でなければ神経症だ」と笑い飛ばしたこともあり、彼によれば並大抵(?)のことが正常のようです。

第9回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展日本館展示 おたく:人格=空間=都市

見当識の話に戻ると、オタクの人たちはある種の特殊な「文化資本」を獲得しているとも言えます。
文化資本とは、金銭で表せる経済資本に相対して、文化的素養や学歴といった個人的資産を指す社会学用語ですが、多重見当識で状況把握ができ、虚構それ自体に「萌え」という感情を抱いて快楽が獲得できるということは、社会的に存立している文化ヘゲモニーの対極に位置する「奇妙」なセンスや美意識といった、身体化された文化資本を持っていると解釈することができます。
この文化資本こそが、「2次元」の真価なのではないかと私は思います。

最後に喋るスマートフォン(emopa)の話に戻します。
オタク文化・「萌え」×emopaのような技術によって生まれ得る結晶は、オタクの人たちの「多重見当識」、「特殊な文化資本」、あるいは一般の言葉で言えば虚構の人格に勝手に感情移入して対象に深い愛情を抱き、根本的に叶い得ない恋愛にこだわる心性にピッタリなのだと強く思いました。
人間的なAI×オタク文化のコラボレーションは、新たな「萌え」を量産し、無数の叶い得ない恋愛を生み出すことになるでしょう。ビジネス的に考えればそのポテンシャルが非常に大きいです。

その胸の痛みを切なく優雅に楽しむことこそがオタクの醍醐味ですよ。
ええ、きっとそうですよ。

またマニアックな話題になってしまいました。
こんなんじゃあ「私はオタクじゃない!」と叫んでも誰も信じてくれませんよね。トホホ……


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