屏風の虎


色々と忙しく、少し間が空いてしまいました。
一つ考えているネタはあるのですが、準備不足なので、
子供の頃読んだお話「屏風の虎退治」について書こうと思います。

wikipediaより
「屏風絵の虎が夜な夜な屏風を抜け出して暴れるので退治して欲しい」
と義満が訴えたところ、一休は「では捕まえますから虎を屏風絵から出して下さい」
と切り返し、義満を感服させた。

なぜ、この話を取り上げるかというと、時々「相手が○○してくれれば、私は△△出来るのに」という
話を聞いたり、自分でもそのように発言することがあり、半ば冗談ではありますが、相手方の無理難題を
揶揄する例えとして「屏風の虎退治」を用いることに気づいたからです。

  • 要件を出してくれれば設計します
  • データを全部くれれば分析します
  • etc.

そもそも、このとんちが成り立つのは、

  • 義満の訴えは嘘で、一休を困らせるためのものである
  • そのことを一休は知っていて、しかしそれを直接指摘することは不可能だった
  • 論理的に「<虎を絵から追い出すことが出来る>ならば<私は虎を捕まえることが出来る>」
    という主張は、前提である<虎を絵から追い出すことが出来る>が成り立たない限り正しい

からだと考えられます。

それに対し、私たちの場合「相手方が嘘を言っており、こちらを困らせようとしている」ということは、
本当のところ無いのだろうと思います。それなのに相手方に「虎を追い出してよ」と期待するのは
出来ない理由を挙げて自分を正当化することと変わりなく、建設的ではないと思うのです。

ではどうするか。
まず、<屏風から虎を追い出し、捕まえる>ことが問題の解決になるかを考えたいですね。
本当は<夜中暴れる虎>は屏風から抜け出したものではないかも知れませんし、追い出さずにその被害を
なくす方法があるかも知れません。

いよいよ、<屏風から虎を追い出す>しかないとなった場合、相手にそれをすべきであることを
納得していただくことが必要でしょう。ここでは、相手が<屏風の虎>の存在や追い出し方をはっきりと
言語化出来ない可能性が高いので(そもそもそこがクリアされていれば、問題にはならなかったはず)、
こちらで想定した仮説を示すなど、具体的なイメージを持って議論したいものです。

以上、例えばかりでよく分からない話になってしまったかも知れません。
共感して下さる人がいれば幸いです。


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