3つのありがとう


ありがとう、と心の底から言えるのはどんな時だろうか。ありがとう、と心の底から言ったのはいつ以来だろうか。いつも、その言葉を発するときは、何気ないときでも心がこもっているはずだと思いつつ、割と気楽に言えてしまう。気楽に言うことが悪いと言っているわけではない。挨拶のように、何事もなかったような、ありがとう、が嫌いなわけではない。それが生活の、人生のリズムであれば、それはそれで素敵なことだ。

明日、やっと、ありがとう、と言える人がいる。心の重荷が取れてやっと。たぶん、私はその人のことが大好きなのだろう。だから、明日にならないときっとありがとうと言えない。

そんなこと勝手にやっていればいいじゃないか、そういう意見もあるだろう、そりゃそうだ、当人同士の問題なのだから。だけど、私は話をしなければならない気がする。誰か一人でもこの話を聞いて感じて考える、自分の生活や人生、仕事のあり方、そして愛の考え方、漠然としすぎている何かをプラグマティックに具現化しようと努力する人がいれば、いや漠然としたままでも、何かを考え何かを変えようと努力する人がいれば、そんな思いで書きたい。

私もあなたも新しい環境でとぼとぼ迷いながら歩いていましたよね。迷っていないふりして。私がまっすぐに未来を見ていたかと言えばそうでもない。迷いはあった、それは今でもある。でも、少なくともあの出会った時点では、刹那的には、二人とも今をしっかり生きていたはずだよね。だから、盛り上がれた。だから、一緒に楽しくやろうと思えた。目指す先に苦しい厳しい現実があったのは知っている。でも、その道を共に選択し、でも方法論が違った。そういうことなのだろうか。私はそうは思っていない。方法論のせいではない。ただ、横の関係が築けていなかっただけの話だと私は考えている。つまり、私とあなたは縦の関係しか築けなかった。

覚えてる?一番最初の社内報告会で徳見さんがしゃべり終わった後に、あなたが東京からテレビ会議越しに一緒にやろうと語り掛けていいのかを訴えてくれた時のこと、私はすごく嬉しかった、それがあなたとの出会いだよね。それから、いろいろな実践を集中して持ってきてくれて、R&Dの甘さを一番正直に指摘してくれた。私の外部の友人、内部の友人とも随分やりあって、だけと、そんなことオールオーケー。友人は何というか(笑)。でも、オールオーケー。

一緒にやってまずさを感じて、疲労を感じて、それだけは同じ感覚値だった。でも、あなたは諦めようとはしなかった。何とか乗り越えようとして、腹をくくったと、大きな決心を私に贈ってくれた。あ、これで挽回できる、そう思うぐらいの大きな贈り物だった。それは、とても大きくて、どうも実物が届かなかったみたいなんだ。その大きな気持ちだけ受け取っておくよ。

あの日、気持ちを受け取って、決意をして経済的合理性よりも大きな、もっと先の生まれ変わった先に、人が人として生きていくための合理性を考えるきっかけになった決断をして、皆で飲んだね。あの日、私たちと同じ気持ちを持ってあの場所に何人いたかは分からない。もしかすると、私とあなただけだったかも知れない、それでも私はいいと思っている。確実にあの日は存在したのだから。

そう、あの日のことは多分、何かのトリガーで記憶を変えてずっとこの先見え隠れすると思う。あの日の事だけで、一つの小説が成立するかも知れない。でも、今は書かない。うまく色褪せて、魅せるイメージが出来上がった頃、そんな旬がやってきたら書くよ。過去の深さに意味はないと思うし、過去の深さは今の深さのためにあり、今の深さは未来の快感のためにある、そう思うから。小説なんて、今、あるいは未来のために存在することで、はじめて意味があるんだし、その意味付けは、所詮、読んだ人が振る主観的なラベルなんだし。

あの日、打ち上げの後、歓喜を背にして、私たちは、疲れ果てて歩いていたね。何でもいいんだ、と思ったよ。歓喜はどんなネタからでも生まれるんだ、とも思った。とてもくだらなかった。その歓喜は私にとっては、大失敗の証だった。その歓喜は、私心の塊だった。その塊が私を取り囲んでいた。私心と言うのは、失敗への入り口である、私の尊敬するある人の考えが頭をよぎった。

あの日、あの歓喜から遠ざかった後、たぶん、あの交差点であなたと二人になったことは、重要な意味があったような気がする。皆と別れたあの交差点、歓喜が遠のいていく中、笑えなかったあの交差点、そんな中、私が発した言葉は、どっち、だった。あなたは、指を指して、あっち、と言った。それから何を喋っていたのか覚えていない。言葉少なで、たいした話もせず、とぼとぼ歩いていたと思う。信号があって、交差点を迎えるたびに、どっち、あっちが続いた。偶然、妙に近いホテルだったんだね。それを繰り返しながら、同じ方向を指さしていた。しばらくの間はね。多分、神様がわたしたちに与えてくれた時間だったんだね。その言葉のない時間に、あの時、あなたが私に何かを伝えたいと言うことをすごく感じていた。感じていたにも関わらず、私は、こっちと指を指した。最後の交差点を渡った後、私たちの指さした方向はバラバラだった。若干の気持ちをその空気の中に残しつつも、私は、じゃあ、と言った。

あの日、あの時、仮に話ができたとして、私がもっとあなたの話を聞いたとして、大きく未来が変わったかと言えば、それは正直なところ分からない。それからしばらくして、最後に会った時、あなたは普通の状態ではなかった。覚えていますか。喫茶店でやっぱり言葉が進まなかった。喫茶店の非常ベルが壊れていて煩かったね。ベルが鳴るたびにイライラして、またそのことにイライラして店員に文句を言う他の客にイライラした。あなたがいなくなってからの時間をどう生きたかなんて、私は知らないし、あなたがいなくなった空間で私がどう生きたのか、あなたも知らない。泣くことでもないし、謝ることでもない、そして、あなたがいつも承認を要求していたのは、私が作った縦の関係のせいだ。私たちは横の関係を作れなかったんですよ、たぶん、私のせいで。私が一番謝りたいところはそこです。

私は、今の私の純粋な気持ちとして、あなたに3つの「ありがとう」を言いたい。

1つめ、Yさんの辞意をとめてくれたこと、Yさんをとめてくれて、ありがとう。彼が辞意を私に漏らした時、私は実の息子に対して行えないのと同じ、困った父親でしかなかった。Yさんが泣いたとき、あなたは、泣いて喋れないなら、黒板に書け、と言った。あなたの愛が彼にいっぱい伝わった、彼が黒板(ホワイトボードだけど)に向かって書きながら、涙をぬぐって振り返りながらこっちを見ていた目を今でも忘れられない、たぶん、死ぬまで忘れられない、そんな素敵な思い出をありがとう。ちなみに、Yさんの名誉のために言うと、本人は、言い出したのは私の方です、って言ってたけど、そうだったけ?

2つめ、R&Dに大きなイノベーションを持ってきてくれて、そして大きな風穴を開けてくれてありがとう。あなたが抜けた後、ピリピリして、苛立って、迷い、どうやって冷静になるのか、自分自身そんな時期があった。そんな時、ある人が言った言葉、あなたの歩いた道を歩きなさい、それで冷静になれた。その言葉を聞いた日とその次の日、ずっとあなたが書いた提案書、レポートをぼんやり読んでいた。何が見えるのか分からない、でもそこにしか出口はないと。そしたら、徐々に見えてきた。完全には見えないけれども。あなたの苦しみ、心の痛み、そのほんの一部が感じ取れた。ほんの一部。そして、やっと今がある。

3つめ、あなたの存在に感謝です。あなたの存在自体にありがとう。あなたと出会えて、共に仕事ができて、同じじゃないかもしれないけど、同じような夢が見れて、そのことにありがとう。刹那、でもいいじゃない。その刹那に感じあえたと私は思っている。その刹那に感謝し、あなたの存在にありがとう。私がいる共同体でなくとも、私たちがいる世界に戻って来てくれたことにありがとう。

私は最近思うんです、きっと未来は変えられる。確かに投資原理は働くかも知れないけれども、自由意思はある、と。決定論ではない。原因ではなく、目的で動けば、それが自由意思につながる。自分自身の未来も変わる、恋人どうしの未来も変わる、家族の未来も変わる、チームの未来も変わる、会社の未来も変わる、地域の未来も変わる、国の未来も変わる、世界の未来も変わる、そして、人類の未来は変わる。

今日は小難しい話はやめようとは思ってたけど、無理そうだね。人類の未来を変えようよ、そう思って生きることを誰かに伝えようよ。

私は、この先も生きていく。「人類の幸福」という、一見、人が聞くと鼻でせせら笑われそうな、そんな課題を掲げて。それが、私の仕事である限り。私は目の前にある穴を誰かがこけないように埋め続ける。それしかないんです。

2014年6月25日

追伸

今日、また、私の我儘を聞いてもらいました。なぜ、ルノアールだったのか分からない。そんなものに私のUXがあるんだね。あと、最後にいっぱいあなたの思いのたけを私にぶつけてくれましたね。やっと、すっきりしました。私にあったのは、ふざけているのではなく、遠慮、ですかね。でも、怒って泣いて笑って握手して別れられた。今度は、遠慮のない、素敵な仕事ができる機会があればいいですね。いっぱい、ありがとう。きっと、未来は変えられます。

2014年6月26日


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