時代を語るな、想像力を語れ、part2



 あれからちょうど3年である。「時代を語るな、想像力を語れ、」という題をつけてLABブログサイトに初めて投稿したのが、2012年3月27日のことだ。
 あの時はR&Dも立ち上がったばかりで皆道に迷っていた。今は違うのか?
そうでもない。今でもやはり道に迷っている、少なくとも私は。ただ、迷い方が違うような気がする。迷路ではない。迷っていると思うのは、それが自分の心の問題だと認識して、地に足を着けてしっかりとした足取りで歩いている。おそらく皆そうだ。
 表題の言葉に対する考えはぶれていないか、そう自分自身に問いかけてみた。やはり、これだけは、ぶれていない。数少ない、ぶれない部分がこの言葉に集約されていると今でもそう思う。
そして、あの時、こう書いた。

”何か、企画を考える時、計画を立てる時、時代を語っているだけじゃないか、ちゃんと想像力を働かしているか、と問いかけてみる。レポートを書くときも同じだ。常に想像力を働かせ、ストーリーを作り上げる必要がある。
言うのは簡単だが、実行するのは難しい。なぜなら、意識し、問いかけて評価するしかないからだ。しかし、積み重ねが訓練になる。また、やっていて苦痛はないどころか楽しい。そうやって意識づけしておくことで、ある日突然いい考えが頭に浮かんでくることがある。だったら、やらないより、やった方がましだ。そう信じて生きてきた。
今、3年後に研究開発グループは何を成し遂げているのか、を想像中である。ポッと湧いては消える、ポッと湧いては消える、の繰り返しである。何となく、もやっとした霧の中に自分が立っている気がする。それでも、常に想像し、問いかける、時代を語るんじゃねぇよ、と。いつか、陽が差し、光の筋が見えて、この霧も晴れるだろう、このメンバーなら、そう信じて、私は想像し続ける。”

 この3年間、楽しいことはいっぱいあった。でも、苦しいことはその何倍もあった。それが楽しむための秘訣である。楽しいだけの人生なんて空っぽで薄っぺらで何も楽しくない。苦しい仕事の先にある一瞬の煌めきのような楽しさ、それが生きている意味だ。確かに、いや、本当は、想像し続けるのは苦しいことかも知れない。だからといって、想像から逃げてはいけない。逃げるということは、人間をやめるということに等しいからだ。

 ところで、あの時想像した、大量に浮かんでは消え、浮かんでは消えたいろんな研究イメージをすべて達成できたのだろうか?
 残念ながら、想像以上の変化があった部分もあるにはあるが、私の想像のスピードに現実の研究はついて来られないようだ。想像したものが想定した時間で全部現実にはならないからといって、想像することは絶対やめない、一部は確実に現実になっているのだから。

 ありきたりな言葉だが、初心に戻ろうと思う。あの時想像していたもの、それをまず形にしよう、その何年か先を想像しながら。。。ずっと、素晴らしい仲間と仕事ができて幸せである。少し、照れくさいが、有難う。その幸せをもっとたくさんの人に伝えることができた時、もっと有難う、である。

 今日、強い意志で改めて思った、時代を語るんじゃねぇよ、想像力を語るんだよ、と。


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