弱酸性のお風呂とゴリラガール


素人の私にはよく分からないが、すごい発見だと言うことぐらいは分かる。ここ数日ニュースで流れているstap細胞。弱酸性のお風呂を思い浮かべると何だか気持ち良さそうで、柑橘類をお風呂に浮かべて入ると本当に肌が若返るんじゃないかとさえ思ってしまう。stap細胞の素みたいな入浴剤が出ないかねぇ、と言ったら妻に笑われた。でも、よく聞くと酸性度は細胞が単体で生きて行くギリギリのラインらしくて、それがストレスって奴だそうだ。弱酸性の方法以外に細胞毒素での処理の話もあった。想像するとあんまり気持ちの良いお風呂ではなさそうだ。ふと、受精卵が移動する卵管の中ってどんな環境なのだろう、とか、羊水に浸かっている時ってどんな感じなのだろうか、とか考えてしまった。若い細胞の多能性の話を聞くと、若いうちはリセット可能だとか、何にでもなれるとか、そんなメッセージと結びつく。そう言われてもそうは思わないのが人間なのだが。すぐに後戻りはできないとか思ってしまったり、積み重ねた自分の中の常識に縛られていく。自然の流れに身を任せていたら、あなたはなるような人にしかならない。できるだろうと自分で想像できることしかできない。我々も皆細胞から成り立っているのだ。マウスの細胞にできて自分にできないことはない、自分の物質性、操作性にもっと気付くべきだ。この現象がそう教えてくれている気がする。

この驚きの大発見を成し遂げたとても可愛らしい女性。素直でまっすぐな人なのだな、と言う印象。素直でまっすぐ、これは色々な意味で有用な才能だ。努力して、あるいは意識して簡単にできるものではない。そういう人は自分を初期化できる。つまり、先入観に囚われない。また、もっと重要なことは、著名な人の前でも自分の意志を持って強く語り物怖じしない、常にアクティブであると言うことだ。女性研究者の場合、この性質は特に重要だと考えている。研究世界に限らず、何だかんだと男社会である。また、人は権力や権威に弱い。自分の仕事、つまり研究や事業を進めるためには、一人では何もできない。アクティブに未来を切り開き、仕事を達成するための環境を手に入れて行く必要がある。そのためには、その性質が有効なのである。私の周囲でもそんな女性を多く見かける。彼女たちは自ら道を切り開き、チャンスを手に入れる。私はそう言う才能に溢れる女性に出会った時、決まってこう言う、ゴリラガールだな。それは皮肉ではなく、可愛らしくて勇敢な女性、まっすぐで素直、物怖じせずに自分の道を開拓する女性に対する最高の褒め言葉である。実はゴリラではなくチンパンジーガールとして名高いジェーン・グドール博士の様々な逸話が頭の中に残っていて、それにちなんでいる。私の中でチンパンジーがゴリラになったのは、ゴリラの方が強そうだからだ。小保方博士はまさに最強のゴリラガールのように私の眼には映った。有名になって、これからがいろいろ大変だろうとは思うけど、これからも世界の平和のために、明るい人類の未来のために、頑張って欲しい。

突き詰めるところ手段の違いこそあれ、私たちの描いている理想も彼女と大きな相違はないはずだ。私たちの目標も壮大である。何しろ、人の心を相手にしようとしているのだから。心の研究のそもそもの出発点はずっと古いが、大きな転換点ともなった、新たな出発点は生物学同様にダーウィンだろう。過去の多くの様々なジャンルの研究が礎として積み重ねられて、現代の心の科学がある。カテゴリを超越した賢人の思考が一つの流れとなって大きなフレームを形成しようとしている。機は熟した、と私は考えている。私が求める成果は100年もかからない。そんなに待てないし、待つ必要もない。100年かかりそうなことであっても10年でやろう、それが私たちの考えだ。私たちがやらなくとも誰かがやる。そういう機だ。例え100年後に続く道であったとしても、例え粗くとも今生きている人のために形にするという人は大勢いる。私の知る仲間だけでも、ゴリラガールやゴリラボーイは山ほどいる。そんな彼らのうち、大きな環境を手に入れたものがその目的を達成するだろう。沈黙は多くの場合金ではない。もし、言葉にならない情動を心の内に秘めているのなら、言葉にするのを諦めて動けばよい。


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