ピンク色の石鹸箱


久しぶりに会った義母は痩せこけていた。それでなくとも細いのに、もっと細くなった体で、歩行器を使って病院の廊下を看護士に付き添われて歩いていた。私と目が合った彼女は歩行器の銀色の手すりを握りしめて、少し笑ったような表情をしたあと困ったような苦々しい表情を浮かべて、それでもしっかりした声で私の名前を呼んだ。その後、こんな体になって、情けない、こんな体になって情けない、何度も何度も涙声で繰り返した。大丈夫、だいじょうぶ、何が大丈夫なのか分からないけど、私はその単純な言葉を繰り返しながら胸が詰まり、涙が出そうなのを堪えながら、笑った。

十日程前、自宅に戻ると妻が泣いていた。それが始まりだった。お母さんがね、妻は子供のように泣いていた。理由を聞いて少しほっとした。死んだのかと思ったからだ。ちょっと前まではしっかりしていたはずだった。妻が泣いていた日、エスカレーターで突然転がり落ちて怪我をした。それで連絡があった。

急に体に力が入らなくなったの、義母は言う。急なのよ、それまでは少しふらついていたけど、年のせいかな、と思って。急にお腹に力が入らなくなって、くにゃくにゃになったの。ベッドに横になり妻に背もたれを上げてもらいながら、義母は喋り続けた。義母の言葉を聞きながら、つかえていた胸のあたりが落ち着いていく自分を感じた。そりゃそうだよ、化学反応だから、そのエネルギーが電気エネルギーに変わって、伝わっているだけだから。閾値を超えた時、行動のアウトプットが変わってしまう。結局、歩けなくなる瞬間は、突然来るんだよ。私は、喋りながら出来るだけ冷静になろうとしていた。普段と変わらない、会社で仕事をしている時と変わらない科白を吐く自分がいた。今、目の前にいる義母の脳、右耳の後には2~3センチの腫瘍がある。それが、簡単に言うと小脳、脳幹を圧迫している。それと同時に、水頭症を併発している。小脳、脳幹あたりは運動機能をつかさどる部分だから、たぶん、それだけで随分前から運動機能が徐々に損なわれていたはずだ。何となくは気付いていたが、私たちには心配をかけないように黙っていたと言うことか。水頭症は、脳全体を圧迫する。一緒に見舞に来ていた小学生の姪に、こんな私の姿、しっかりと良く見ときや、時々涙混じりに語りかけていた。言葉はしっかりしている。義母は右利きだ。おそらく、言語野のダメージは小さい。プリンを食べている時、指先は不自由そうではあるのもの、ましだ。えびせん、をトリガーに自分が家にいるような錯覚を起こしていた。薬の錠数を数えるのに苦労していた。前頭葉あたりか。

いろいろな話をして少し安心した。まだ、たいしたことはない。そう思って、ぼちぼち帰ろうとしていた時、ピンク色の石鹸入れが無くなった、誰が持って行ったんだろうと言い始めた。義母は、絶対ピンク色の石鹸入れなんて買わない。それは、皆が知っている。お母さん、そんな色のもの、絶対買わないじゃない、家で見たことないよ、妻がいった。そうだよ、いつも統一感にこだわって、台所用品もトイレもお風呂も、ちょっとしたものも、絶対白か透明かシルバーじゃない、義妹も口をそろえていった。ああ、また勘違いしている、二人は笑った。

確かにそうだ。義母は、潔癖症に近いぐらい統一感を大切にする。色をそろえる。絶対柄モノや派手な色のものを買わない。初めて家に行った時、こんなシンプルな色の小物どこで手に入れるのだろう、と不思議に思ったことがある。動かない家のモノはすべて、シンプルな白か透明かシルバーだ。家の中が雑然として見えたことがない。寂しさすら感じるクールなイメージだ。それに反して、自分が身につけるものは、淡いピンク色が多い。こだわりと言えばこだわり、でも私にはそう思えなかった。何か、ちぐはぐだな、と初めから感じた。

私の持ってきたのは、これ、妻は白い洗面器と白い石鹸箱を見せた。これしか、持ってきてないよ、そんなの無いのよ、そう妻は言った。少し強い口調だった。荷物を用意したのは妻だから、多分妻の言っている事が事実だ。長い間、医療に従事してきた妻はこういうことに慣れている。義母もそれを知っている。ああ、そうかぁ、また間違っているのかな、義母は自信無さげに寂しそうに笑った。おかん、義弟が場を和ますように笑った。勘違い、うまい具合に、それで済まされようとしていた。それでもよかった。そのままでもよかった。ただ、義母の口から出たキーワード、ピンク色の石鹸箱、私は納得いかなかった。義母の寂しい笑顔が私の心を突き刺した。何かわけのわからない感情、それがこみ上げて来て、何かある、絶対何かある、そう確信した。

私は、病室のベッドの周囲、くまなく探した。あった、そう思って見つけたのはテレビの裏側だった。看護士さんが置いたのだろうか、ピンク色の石鹸箱に乗った白い石鹸が出て来た。おかあさん、これ、私は義母に見せた。私と目が合って、少し、嬉しそうに笑った後、ちょっと気まずそうな顔になった。おかあさん、だれの?妻が怪訝な顔をしていた。そのせいだろう。その後、何か静かに微笑んでいるようなそんな表情を見せてから顔を反対側に向けた義母は静かに眼を閉じた。

義母は死んだ義父のことを銀行員の会社人間だと言い、本当に拘束感を感じた、と私に漏らした事がある。随分亭主関白で、物理的な状態だけではなく、精神的な状態も含め、色々な意味で家が散らかるのを許せない潔癖症だったようだ。そんな義父のもと、裏側に隠れた本当の欲望があったのではないだろうか。本当は、ずっとピンク色の石鹸箱を買いたかったんじゃないだろうか、ふと、私はそう思った。前頭葉をやられている認知症状態で、押さえていた小さな、本当に小さな欲望が何気なく表面化したのではないだろうか。彼女の本当の気持ちは分からないが。

病院を出る前に義弟が、また、家でバーベキューでも、そう言った。私は小さくうん、とうなずいた。色が移ろう、と言う表現がピッタリくるこの小さな変化は忘れかけていた絆を呼び起こしているようだ。

医師連中の学会シーズンで遅れていた、義母の手術の日取りがようやく決まった。学会は未来の人類のためにあるのだろう、そう思って受け止めるしかない。まずは水頭症、次に脳腫瘍。その結果は分からない。我々にとっても義母にとってもどんな未来が待っているかも分からない。ただ、どんな状態、結果になっても、粛々として、その生を全うするための事態を受け止め、それと対峙して向き合っていくのみである。

どうやら、義母とは手術後まで会えそうにない。大丈夫、意味は分からず、根拠もなくそう思っている。大丈夫、何度もつぶやいている。

また、あの義母の笑顔が見たい。目覚めた時、次に会う時までに、素敵な可愛らしい色の小物を探しておこう。


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