オープンラボ考


 
 メルマガ・ブログサイトの掲載で天野さんと揉めた。私は天野さんのやり方が間違っているとは思っていない。彼は彼なりに考えそして導き出した芸術なんだと思う。ただ、私にはどうしても譲れない部分があった。その譲れない部分をお伝えできれば良かったのだが、それを最初からアーティストにお伝えするのは難しい。何故なら、私自身が不完全なアーティストだからだ。

 たぶん、20世紀の出来事だと思う。随分長い時間を過ごした研究所がイベント・ドリブンで回っていた時代のことだ。私がそこの仕事を獲たのは25歳の時、長男が生まれた年だ。私はその時、生まれて初めてのオープンラボ(オープンハウスという名称だった)を経験し、それからずっと長い間イベント・ドリブンというキャッチーな言葉と共に人生を送って来た。そして、数年たった頃、仕事も順調で、立ち上げた事業も順風満帆で、研究所のオープンラボも経験を積むにつれてこなれていく自分を感じていた。私にとってオープンラボという代名詞は、自分に有利な何のお金も生まない、滑稽な代物でしかないと切り捨てていた。
 そこに、重要な落とし穴がある。当時の私はそれに気づいていなかった。そんな、こなれ切ったある年のことだ。その年引き受けていたデモ対応には多くの問題点があった。そんなこと、私は分かっている、分かっている?つもりだった。紆余曲折の末、何とか形になり、その年も個性的なメンバーと仕事ができてよかった、そう思っていた私はこなれた精神状態で、ぁあ、疲れたと、ぁあ、疲れたと、数度感じた。
 そこにも、重要な落とし穴がある。疲れを感じるなとは言っていない。人は働けば疲れるものだ。ただね。そこなんです。
 私は気が抜けていたんだろうと思う。後片付けもそこそこに現場を去った。

 あの時、今でも恩師だと思っているM氏が怒ってくれたから今がある。
 誰も私に怒らなかった。子供の頃からそうだった。体裁で喋る大人は、教師も含め私を怒らない。だけど、大人に何度も殴られたことがある。殴られた傷を癒そうと水飲み場で殴った奴の悪口を言っていて、さらに殴られた。その時の記憶がまだ無くならない。それと同じぐらいのインパクトがM氏の言葉にはあった。残る言葉には意味がある。イベントが終わった翌日、私を呼びだしたM氏は、、静かに言った。
 「要領というのはね、大事なんだと思うよ。経験を積めば慣れる。慣れというのはね、時に人の純粋さを失うこともあり得るんだ、何を言いたいかわかる?あなたにお預けした多くのスタッフは未経験で、みな一生懸命片づけをしていたよね。もったいないと思うよ、純粋なものに触れないなんて」M氏の言葉は偉大だった。その時の私は、慣れと要領という対価を得る代わりに、大切な純粋さを失っていたのだ。
 私は今でもその時のM氏の顔、その言葉が頭から焼き付いて離れない。だからこそ、今年、それを試したかった。

 世の中にそんなに純粋な人はいない。でも、その不純さもある意味自然だ。それでも、いいんじゃないか、とも思う。そんな、妙な協調性を感じた時、その妙な協調性、大人になってから身に付けたやつ、それって、本当に必要なんだろうかと考えることがある。私は、要らないと思っている。無駄な労力を使うだけだ。そんなもん、とっとと捨てりゃいい。なのに、捨てられない人の不思議。何故?人の寂しさ。傷のなめ合い。そんなものは要らないと思っている。常に書き換わる新しい心。必要なのはそれだけだ。慣れ合いの中で発生するのは、不純とくだらない感傷だけだ。私たちの世界には常に新しい知の空間が広がっている。手垢だらけの空間で生きるのはよそう。純粋無垢で指紋が少しも付いていない空間で生きよう。そして、その中で語り合える仲間と語り合う、それこそ、私が望む理想のオープンラボだ。そんなオープンラボがいつか実現したと思えた時、M氏を呼びたいと考えている(長生きしてもらわねば)。

 気が付けば、R&Dの立ち上げから、丸4年。いろんなことがあった。社内外の多くの人が出入りし、高め合うことも、慣れ合うことも、また傷つけあうこともあった。私は多くをそこから学んだと思う。「谷田君、イベント・ドリブンなんだよ」そう言って教えてくれたM氏の言葉がいつしか私の信念になって、今でもその言葉を原動力にして前に進もうとしている。来年はやるのか?去年もそう思った。でも、多分やるだろう。毎年、そのイベント・ドリブンという言葉の意味を考え直している。将来の、私が考えるイベント・ドリブンは、過去のものとは全く違うだろう。私を怒ったあの時のM氏の年齢に自分が近づいて、ようやくその意味が呑み込めた気がする。

 天野さん、納得できないかも知れないけど、
 もしかすると、来年、私と企画を組むことはないかも知れないけど、
 いつか、また組む、その時に私の言葉を思い出して欲しい。
 つまりこういうことなんだ。

 この先も、イベント・ドリブンなんだよ。


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