やっぱり地球は、まんまる。


地球が丸いって。
そんな物理的事実知らされて育った、ぼく。
だけど、ぼくは真っ平らな水平の地面に立って
夜空を見上げている。
黒い天幕に星が散りばめられた、その、夜空は。
どう考えたって丸い。
いや、丸くないはずなのに、丸いって感じる。
私は丸くないのよ。
私は丸くないのよ、って
その夜空がぼくに語りかける。
いや、ぼくは。
夜空。その優しく丸い半球体に抱かれてここに。
今この場所に立っている。
ぼくが今立っている場所は、確かに
まっすぐで平たい。
そうとしか感じられない、ひらたさ。まっすぐさ。
それが。今。ぼくが目で確かめられる真実だからだ。

地球の丸さが感じられるという場所に。
何度立っても、地球は丸くなかった。
平らで。凡庸な。いつもの表情だった。
そうして。
私は丸くないのよ、って。いつもぼくに語りかける。

ふと、ぼくは理解した。
この理解に52年以上の月日を費やした。
私はまるくないのよ、って、ぼくに語りかける、
その地球は。
実際、丸くはなかった。

ふと、ぼくは理解した。
あなたは、きっと丸くないんだ。
ぼくが見ている、ぼくの目に映るあなたは丸くないのに。
丸いと思い込んでいるぼくがいる。
少しだけ丸いと感じると
すごく丸いと感じるぼくがいる。

ふと、ぼくは理解した。
丸くはないと知っても。
丸くはないとしても。
平らで凡庸ないつもの表情から。
逃げようとは思わない。
ぼくらのモデルはいつも損失回避モデルだ。
それから逃れるためには、
生きていることから逃れなくてはならない。

ふと、僕は理解した。
丸くないものを丸いと思うのが恋なのかも知れない。

ふと、僕は理解した。
丸いとか丸くないとか。
すべてを同化できることが愛なのかも知れない。

やっぱり地球は丸いんだ。
今立っている足元の複製の世界が。
ぼくの頭から身体じゅうを抱くように広がっている。
いや、実際。
ぼくが立っている場所はまっすぐで、まっ平らで。
見上げている天空だけが信じられないぐらい丸い。

あなたはやっぱり まんまるだ。
そして、ぬくぬく。
そして、ぴりおど。
そして、さんかく、いこーる、みゅー。

猫とか鼠とかのぬいぐるみと喋っていると柔らかい歯で脳を擽られている気がする。冬の朝の冷たい風にあたって肌にぶつぶつができる、そんな良い心地だ。普通はね、という。父も母もそんな言葉を教えてくれなかった、社会に出てから学んだ言葉だ。そこを合わせようとする、気が付くと凡人病にかかっている。誰だって社会から弾かれたくない、だとすれば社会に合わせようとする。皆と同じ行動を取ることで社会に対する礼儀を払おうとする。それを凡人病と言う。お前はつまらない奴だな、と言われた。そんなこと父も母も教えてくれなかった。わたしはつまらない、つまらないと思われたくない、変な奴だな、と言われたい。誰だって、つまらない奴だとは思われたくない。そして、社会とは違う行動を取る、社会に対して無礼を働こうとする。それを変人病と言う。どちらも病んでいない、すごく正常だ。一人で生きようとしていないだけだ、むしろ正常だ。
凡人も変人もいない。安心して明日を迎えて欲しい。あなたは、唯一あなたであるわけだ。私も唯一私であるわけだ。それが永遠に解けない個性。社会と言う幻想の中で確実に自分だけは存在している。
まんまるの地球は自分の中にある。


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