「きりんさん」part2


あれから、佐々木寿信氏の「きりんさん」を購入した。可愛らしいカバーの本だった。その本を手に取った私は、まるで自分の子供の頭を手の平で撫でるような思いでその詩集を1枚ずつめくった。ある時は、心の色が湯気で見えなくなるようなぼんやりとした、でもはっとするする言葉、またある時は、自然に笑みがこぼれるような温かみのある言葉、母と子に繰り返される呪文のような不思議で暖かい言葉が少しざらざらした紙面に並んでいた。

彼の師匠なのだろうか、ある女性詩人が書いたあとがきを読んで胸が詰まった。彼は大学に進学してすぐに統合失調症になり、世間との接触が難しくなったようだ。大学を辞め、仲間にも助けられ、母親と堅実な暮らをしていたようだ。女性詩人のもとに、若い頃の彼から電話があったそうだ。弟子になりたいと。電話口の向こうから聞こえる、どもりながらの言葉にならない、でも強い意志を持った思い。女性詩人は、弟子は取らないが書いた詩を送ってくれればいつでも読むと答えて付き合いが始まった。それから彼はコツコツと印刷工場で地道に働きながら、賞を2度取った。若いころ助けてくれたお母さんは、認知症となる。その話には触れていないが、「きりんさん」を読めば想像ができる。小さな部屋には、少しくすんだ硝子窓から差し込む緩やかな光のせいで、妙にほっこりとした空気が漂っていて、そこに何をするでもなく正面を向いて横並びに座っている「きりんさん」の親子のような二人の姿。そんな風に母親と暮らしながら、何とか詩集を出したいと言う思いが彼を支配していったのだろうか。その気持ちは、私には分からない。師匠的な女性詩人に、印刷工場でコツコツと働いた中から掛けていた生命保険60歳で満期を迎えるから、そのお金で本を出したいと、だから詩を選んで欲しいとたくさんの詩を送って来たそうだ。それから、その満期が待ちきれない彼は、まだかまだかと何年も待ってこの詩集を出版したという。どうしてもこの詩集を出版したかった彼の思い。しかし、お母さん「きりんさん」は、この本を見ることなく他界した。

私は、この本を中古品で購入した。彼に印税は入らない。あとがきを読んだ時、少し、申し訳なかったような気持ちになった。でも、それでもいいんじゃないかと今は思っている。彼が発した言葉を私の心が受け止め、そして、また新しい言葉を紡いでいく。たぶん、それが、彼が発信を望んだことばの魂なのだと思うから。そう思ってこのボールを誰かに投げたい。


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