“共創”と“ファシリテーション”と“るろうに剣心”と ~OpenLAB2014~


「くらしを考えるワークショップ」の前日、ワークショップ資料の最終確認の打ち合わせ。
ここまでの数か月間、話し合い進めて(そして、ここ数年いくつもPRJと共にして)きたので、すんなりといくだろうと思っていたところ、予想に反して、私の作成した最終パート部分を、徳見が釈然としない顔でじっと見つめ、弊社の価値観(A Sense of Values)な建設的意味での「厳しい」指摘をしてくる(いつも通りと言えばいつも通りに)。

「どこがいけないのだろうか・・・」
十分に理解しきれないままだったけれど、徳見が違和感あるのであれば、改善の余地があると思いつつ、そして、ここまで十分な情報収集をしてきて、必要な要素は揃っている感覚はあったので、後はどの情報を削り、ページ間のつなぎを編集するだけだろう。なので、今夜何とかなるだろうと、軽い気持ちで持ち帰ることにした。

さて夜になり、再考するもまとまらない。
本番は明日なので、焦る。
焦れば焦るほど、まとまらない。

まあ、こういう時は、寝るに限る。
あと一歩のところまで来ているはずなので、朝起きればアタマが整理されて、まとまるだろう。
明日朝、おそらく30分程度でいけるだろう、いつもの感じで行くと、と思っていた。

しかし、翌朝、まだ、まとまらない。
まとまらないまま、開催会場での集合時間を迎え、会場設営の作業に取り掛かる。
まとまらない。
台車を押しながら、アタマの中は、ずっと最後のパートことを考えている。
そのような状況なので、追い込まれて、ピリピリしていた。
でも、わかっているのは、ピリピリしたところで、まとまるわけではないし、緊張すると思考は停止するだけ。

 

るろうに剣心京都大火編/伝説の最期編
この3部作に関しては、書きたいことはたくさんあるが、ここでは書かず、下記記事を紹介するに留める。
ビジネスパーソンこそ映画に学べ!国際人になりたかったら「日本人」を極めろ
イノベーターへの道「実写版・るろうに剣心」に見る「大友ワールド」のメッセージ

この映画の何を思い出していたかというと、
「この目のとまる人々くらいなら何とから守れる」 、不殺の誓い、逆刃刀・・・、その剣心に対しての下記の言葉が大きく響いてきた。

人をいかす前に、自分をいかせ

当然ながら、この言葉の意味することは、我を通すことでも、観念に固執することでも、場を枠にアテハメていくことでも、支配的コントロールすることでもないだろう。
人と人が集まりダイナミズム、相互に刺激しあうインタラクティブ・コミュニケーション、コラボレーション、人の統合思考能力の解放、共創を重視した場づくりをしようということにブレや迷いはない。
上記言葉が、決して「人をいかすのではなく、自分をいかせ」と二者択一論的に言っているのではないことを誤解してはならない。「他人をいかそう、いかそう」とするがあまり、陥りがちな罠。その戒めとしての言葉であるから重い。

ここで、あらためて注意したいことは、「ファシリテーターは中立に」ということで、場に影響を与えてはならないとなっていないか。空気のように存在感を消して、中庸どころか凡庸にいこうとしていないか。ということ。
(もちろん、淡々とツールを提示して無味乾燥にただスムーズな議事進行をすることは、そもそも考えてはいないが。)

つまり、自身に問うたのは、「何も考えない、何もしない」と「心を無にする」を混同していないかということ。
統合する力・総合する力、そして発想する力【後編】にも書いたような内容だが、ワークショップの場、私たちが今から創ろうとしている場は、ファシリテーターも含めての「全体」として生まれるコト。
参加者とファシリテーターといっている時点で、主客分離で、やはり主客非分離に捉える。これは、下記の発表で紹介した「生成的参加者(Generative Participants)」のパターンを改めて思い出す。
デザイン・シンキングのための共創の「場」づくり パターンランゲージによる実践検証
ファシリテーターも「全体」としてあるのだから、ファシリテーター自身も活きていなければ、「全体」としても活きることはない。

柳生新陰流「無形の位」、その境地にいくことはできなくても、場の全体を感じつつ、その場の全体観の中で、役割を全うしよう。無心に全身全霊おこない、その場の全体をあるがままに素直に受け入れよう。腹が括れた。そして、本番が始まった。
開催レポートはこちら

「共創」、「コラボレーション」、「参加型デザイン」、「シェアリング」、「ファシリテーション」、
それが進む時代だからこそ、そして、それを重視すれば重視するほど、上記映画のメッセージは、大きく深く受け止めていきたい。


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