高きが故に貴からず、低きが故に卑しからず

 数カ月前の話。大崎のホテルで机に向かって本を開いていたが、どうも椅子が合わず落ち着かなかった。ベッドに寝転ぶと眠くなるし、気分転換にと、電車の中で読書をすることにした。大崎から山手線を2周ぐらいすると飽きたので、秋葉原で降りて乗り換えて、筑波エキスプレスで筑波まで行った。なぜ、筑波に向かおうとしたのか分からない。多分、飽きたなと思ったとき秋葉原だったからだ。
 筑波についた頃、読んでいた本はまだ途中だったが、いったん駅の外のロータリーまで行って辺りを見渡した。どっかでお茶でもしながら、そう思ったとき、ふとタクシー乗り場に駐車しているタクシーらしくない色合いの乗用車っぽいタクシーに目が留まった。個人タクシーかな、そう思った私はそのタクシーに近付いた。昼の中途半端な時間帯で暇だったせいか、他に乗客もタクシーもいなかった。タクシーの傍に立っていた運転手さんがどちらまで行かれますか、と私に尋ねた。特に行く当てはないんですが、読んている本の続きを読もうと思うので、適当に1万円分ぐらい走ってもらえますか、そんなのでもいいですか、私は運転手さんにそう答えた。いいですねぇ、そういうの、運転手さんは、ニッコリ笑って後ろのドアを開けた。
 本を開いていた私に、気にしないでくださいね、勝手にしゃべりますから、運転手さんはそう言って話し始めた。最初は気にしなかったが、あまりに落ち着いた口調で話の内容も面白かったので私は本を閉じて運転手さんとの会話に参加した。自分の運命の神社を訪ねるのだと言っていた、つい先日乗せたという京都から来た女性客の話が気になった。お客さん、山好きでしょ、突然運転手さんが言った言葉に、え、海よりは山ですが、と私は怪訝そうに口ごもった。山の本を読んでいたわけではない。なぜ、そう思ったんだろう。今、筑波山に向かっているんですよ、仁者は山を楽しむですよね、そう言って左手で目の前の山を指さした。私、どっちかというと人間出来ていない、仁者とは真逆の人間ですが・・・そう心の中で呟いていると、筑波山は標高何メートルか知ってます?と聞かれた。うーん、1000メートルはないような、私が答えると、エベレストの10分の1です、と教えてくれた。870メートルか(正確には女体山877m、男体山871mらしい)、低いですね、と私が答えると、山高きが故に貴からず、というでしょ、山低きが故に卑しからず、ですよ、わたし、この言葉好きでしてね、そう言ってまた笑った。
 運転手さんは、ロープウェイのつつじヶ丘駅にタクシーを着けると、ロープウェイでほぼ山頂まで行けるから女体山、男体山、歩いてきてはどうですか、あなたなら1時間もあれば戻って来れるでしょ、と私に勧めた。運転手さんは?と聞くと私はそこの食堂でご飯でも食べて時間つぶしてますから、戻って来たら携帯に電話してください、と言って携帯電話の番号のメモを差し出した。ロープウェイは20分間隔で運行していて、乗車時間は約6分。ロープウェイを利用して女体山の山頂駅まで行って、女体山と男体山の間を往復ほぼ走ってちょうど1時間だった。軽く走っただけなのに、山の中を走ると息が上がった。男体山の展望台あたりに地元の遠足らしき元気そうな中学生の団体がいた。彼らには私が何故走っているのか分からないだろう、次に来たときはちゃんと下から登ろう、そう思った。


女体山から見える景色、右の写真は男体山が見えている

 筑波山を後にしながら、さっきの、高きが故に貴からず、低きが故に卑しからずって言葉いいですね、私も好きになりそうです、私がそういうと、うんうんという感じで運転しながら大きく頷いていた。筑波駅に向かいながら、40年以上前からあったらしい筑波に関する国の都市計画の話と土浦の花火職人が集まる花火の話を聞いた。急いでますか?と運転手さんに聞かれ、こんなことしてる奴が急いでるわけないだろう、と思いながら、全然急いでませんよ、と答えると、じゃあ、コーヒーを一杯奢らせてください、お嫌いじゃなければ、と言われ少し驚いた。結局、運転手さんにコーヒーを奢って貰って電話番号を教えた。筑波駅でタクシーを降りるとき、運転手さんは、今年の土浦の花火の前に電話しますよ、リマインド、そう言って笑った。

 特に高い山に憧れがあるわけでもなく、低い山をどうでもいいと思うわけでもない。伝説とか、物語とか、自然とか、そういうのもあるだろう。山が何かを語っている、山が語りかけてくる何か、そういった自己問答もあるだろう。人がいて山がある。山がいて人がある。山を人の喜怒哀楽が包み込み、山の喜怒哀楽を人が包み込み、人が動き山が動くのを感じるのが好きなだけなのだ。「山高きが故に貴からず」の続きは、「樹あるをもって貴しとす」らしい。その続きは、「人肥えたるが故に貴からず、智あるをもって貴しとす」らしい。なるほど。もともと唐の詩文家の言葉で日本では「実語教」といって寺子屋の教科書に使われていたそうな。「樹」は山の木々を指すのではなく、そこから得られる人の喜怒哀楽だとみる。「肥える」のは太っているというのではなく、金、権力、性、生などの煩悩に執着し、分別することだろう。だから苦楽を捨てるための智慧が貴いと言っているのであろう。私は無智を持って自己肯定とし、智を持って自己否定と解くが。その逆もある。どちらもどこにも存在しない自己である。

 土曜日に、実際に樹が生えていない、日本で一番高い山に登った。8合目から上は残雪があってまだ冬山だった。登山者の多くはスキー板を担いでいる。今までの山行で経験のない体調の悪さだった。自分の健康管理の失敗だ。これでは人に健康管理云々とは言えない。金曜日に仕事を早めに切り上げて、富士宮口の5合目登山口まで行き、酒を飲んで車の中で寝た。少し寒気がして寝付けなかった。朝の光で目が覚めて、顔を洗ってお湯を沸かし朝ご飯を食べて7時過ぎに登り始めた。
 8合目まで、喉が渇いて水分を体が欲しているのに、汗が出ない、汗が抜けてくれない感じの自分の体に苦しんだ。8合目からはアイゼンを付け夏道を捨てて雪渓を選択した。足が雪にかみ合わずやたら滑った。滑る雪目と滑らない雪目、硬い雪目と柔らかい雪目が読み辛かった。その直感が働かなかった。徐々に寒さが増し中に服を足して重ねたのに体が冷えて重くなり、足が重くなる。体力は消耗しているはずなのに汗も出ない。喉の渇きも感じなくなった。9合目からは、山頂がよく見える。見えているだけに苦しい。風が強くて強風が吹くたびに足を止め、ピッケルを雪面に突き刺して耐えた。ここまで来たら上まで行きたいという煩悩に懲り固められた醜い意志のようなものだけが自分の足を動かしているような気がした。9.5合目、すぐそこに山頂が見えているのに体力の限界を感じた。ふと遠くの夏道を見ると夏道を行く人の方が明らかにスムーズに歩いている。そこから夏道に向かって横に1歩足を踏み出した。滑った足を押さえながら夏道をもう一度見た。そこで雪渓のトラバースを捨てた。何とか山頂には辿り着いたが、寒さと強風でもう歩く意思すら残っていなかった。完全に自分の限界点を超えてしまっていた。お鉢周りは次の宿題だな、そう思った。


9合目あたりから撮った山頂に向かう道

富士宮口山頂の様子、お鉢の向こう側に剣ヶ峰が見える

 寒さに震えながら持ってきたお湯でカッブメシを食べ、下山した。下りも勢いがあったのは雪渓をトラバースしている時までだった。8合目からは頭がふわふわして、なぜ歩いているのか、どこに向かって歩いているのかすら考えられなかった。上りはガムシャラに力強く下りは芸術的に美しくという、自分の中で出来上がりつつあった美学が音を立てて崩れていった。上りは力尽きそうな半病人が邪念に運ばれているような状態、下りは命を失った亡霊が彷徨っているような状態だった。
 5合目登山口に辿り着いた時、夕方16時を過ぎていた。9時間も山にいた。時間がかかり過ぎている。完全に失敗だ。車の横にザックとピッケル、ストックを投げ捨てると、車に積んでいたクーラーボックスからパイナップルを取り出し、むさぼるように一気に食べた。うまかった。幸せだった。パイナップルを口に頬張りながら、隣に停車していたドライブ中のアベックと目が合った。アベックは慌てて目を逸らした。車に積んでいた水で顔を洗い、少し濡れてしまった靴下を変えた。いつか分からないが、また雪のある時に来て、その時は山頂のお鉢周りをしよう、ようやく回りだした頭でそう思った。クーラーボックスを整理していると飲みさしの紹興酒のボトルが出てきた。昨日の深夜、寝酒にと登山口で空けたボトルは殆ど空だった。これはアカンわ、課題が残った。思ったような山行ではなかったが、無事に生きて帰ってきてさえいれば次がある。

 高いとか低いとかは貴さの基準ではない。自分の心が動けばそれでいい。山の心が動けばそれでいい。なぜそこに行くのかの理由もない。山が動いて山が歩くから、自分が動いて自分が歩いている。ただ、それだけだ。
 この直感を誰かに伝える、それが残された人生の中での私の仕事だ。

 秋になって土浦の花火の頃、私に言葉をくれた運転手さんから連絡があったら、またこの話を思い出すだろう。